Feb 06, 2009

カードローンを組むなんて

カードローンの特徴として、簡単にローンが組める利点があるが、融資を、人間は必ずしもお金を計画的に使用する人間とは言い切れません。カードローンの怖いところでそれがあると思います。そして、その人たちは、最終的に支払うことができなくなり、最悪、自己破産の形になっています。ブラックリストの作成が重要になっています。
ゴールドカードといえば、ほとんどの人はすごいと思うのではないでしょうか。最近ではいろいろなタイプがありますが、預金が1000万元以上とすることができないとか、年会費が高くなってハードルが高いのは事実です。私も持っています。これは別に自慢するためのものではありません。私は海外旅行を時々していきます。もし現地で現金や盗難に遭った場合日本円で100万円まで、すぐに現金を現地支店で受け取ることができます。つまり、私にゴールドカードは海外旅行保険のようなものです。こんな使い方もあるんですよ。
 気象庁は21日、東北地方全域が梅雨入りしたとみられると発表した。梅雨のない北海道と、既に梅雨明けした沖縄地方を除き、すべての地域が梅雨入りした。東日本大震災の被災地は土砂災害や河川の氾濫のほか、地盤沈下した地域では冠水が起こりやすくなっており、同庁は警戒を呼び掛けた。
 同庁によると、東北地方南部(山形、宮城、福島)は平年より9日、昨年より7日遅い。東北地方北部(青森、岩手、秋田)は平年より7日、昨年より5日遅い梅雨入りとなった。 

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 北海道占冠(しむかっぷ)村のJR石勝線トンネル内で特急列車「スーパーおおぞら14号」(6両編成)が脱線・炎上した事故で、JR北海道は21日、現場近くで保管していた事故車両の搬出を始めた。今の状態では火元になった車両の底部などに潜っての検証や調査ができないため、車両を切断したうえ、約100キロ離れた札幌市内の工場までトレーラーに載せて運ぶ。

【焼けただれた列車内部…】事故後の車両を写真で

 作業は列車が通らない明け方に行い、約2週間かけて6両を順次搬出する。この日は午前4時40分ごろ、約20人の作業員が最後尾の車両の連結を切り離し、焼けて垂れ下がった部品が線路と接触しないよう注意しながら20分ほどかけて約60メートル先の広い場所に移動。ここで作業員が床下に潜り込み、部品をガスバーナーで切断して取り外した。22日に大型カッターで車体を四つに切断し、23日に搬出する。

 事故車両は6両とも損傷が激しく、搬送方法の検討が難航。5月27日の事故2日後にトンネル外の信号場に搬出された後、線路上に置かれたままだった。【小川祐希】


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 福島第1原発事故で、日本原子力研究開発機構は21日、同原発に投入予定の災害ロボット「JAEA―3」を報道陣に公開した。
 同機構によると、ロボットはセンサーを上下に動かし、広い範囲のガンマ線を可視化してパソコンの画面上に示すことが可能。また、距離を補正して、最大約50メートル離れた対象物の放射線量まで測定できる。遠隔操作は最大50メートルが可能という。
 また、原子炉建屋内の放射線量が高い地点への投入も想定し、積算線量約500シーベルトの耐久性がある。ロボットは重さ約70キロ、時速約2キロで走行可能。ただ、階段の上り下りはできないため、実際の観測地点までは作業員に運んでもらうという。 

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 震災による津波被害の写真を特集した岩手県宮古市の広報紙「広報みやこ」(6月1日号、A4判56ページ)が、大きな反響を呼んでいる。当初の3万部に加え1万部を増刷したが、これも3日間で在庫切れとなった。再増刷の予定はないため、市のホームページからダウンロードできるようにした。

【津波 静寂 街消えた】釜石市の「あの時」を写真で

 掲載したのは市街地に押し寄せる津波や、がれきに埋め尽くされた被災地などのカラー写真約60枚。市企画課職員4人が、被災者支援の合間に撮影したり漁協や市民から提供を受けた。担当した中村寛亮主任(35)は「市民を再び傷つけることにならないかと悩んだが、津波の恐ろしさと被害状況を伝える必要があると判断した」と語る。

 発行直後から「子や孫に震災を伝えるため余分にほしい」との声が寄せられ、県内外からも問い合わせがある。巻頭には「本号が、『絶望』を『希望』に変え、復興への一歩を踏み出すための一冊となることを願っています」とのメッセージを掲げ、最後には復興への願いを込めて被災者の笑顔の写真を中心に掲載した。【松田栄二郎】


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